星のない世界 紳士とアヒル


No.31 春の横道

 

何もない平原を歩いている途中、大きなピンク色の木を見つけた。
桜かな?と思ったが、どうやら桜では無いようだった。
なら何の木だろうと考えたが、ぼくの知っている植物で彼に当てはまるものが無かった。

何かの種類と言うより、「春」そのものの木なのだろうか。
ピンク色の木は全身で喜びを表しているかのように、葉っぱを空へと舞い上がらせていた。

春の横を通り、ぼくは次の地を目指した。



No.32 路地裏のクモとバラ

 

人の気配が全くしない幽霊町を通り抜けようとした。
建物は破損し、冷たい風だけが吹くもう誰も訪れないような廃れた場所だった。

町の中心の路地裏で、真っ赤なバラを見つけた。
この生命力が消えた町にそぐわぬ、見事な赤いバラだった。
バラのすぐ上には大きなクモの巣が張ってあり、そこから一匹の黒いクモが糸を垂らしてぶら下がっていた。

ぼくの気のせいかも知れないが、クモは動くことのできないバラに寄り添っていた。


クモの巣は、先程まで降っていた雨を絡めとり、きらきらと輝いていた。
その巣から雨水がこぼれ落ち、バラの周りに水の宝石を散りばめていた。

まるでクモが、雨粒の真珠をバラに贈っているかのようだった。



No.33 忘れていたけど、忘れていなかったこと

 

ぼくが椅子に座ってうたたねをしてしまった時のことだった。

ふと気が付いて目を開くと、この世界では絶対に見ることが出来ない星空があった。

 

この空には見覚えがあった。

ぼくが子供の頃、雑誌で見た夜空の写真そのものだった。

その写真があまりにも幻想的でで、どんなファンタジーよりも異世界のものに見えてしまい、ぼくは心を奪われてしまった。

雑誌を部屋に持ち帰り、毎晩毎晩眺めていたっけ。

いつかこの星空を見に行きたいと願いながら。

 

都会の中心で育ったぼくは「星空」を見たことが無かった。

結局見たことが無いまま、こっちの世界へ来てしまった。

あんなに憧れていたのに、大人になってもとうとう一度も見ることがなかった。

そもそも星空に憧れていたことすら忘れていた。

大人なんだから、いつでも見に行けたのに。いつでもこの小さな夢を叶えられたのに。

 

ぼくは子供の頃の自分をないがしろにする大人になってしまっていたんだろう。

だけど、心の奥底はぼくの好きなものをしっかりと覚えていてくれていたみたいだった。

 

もう一度目を閉じて開くと、もう星空は消えていた。

でもぼくは、もう二度と忘れないだろう。



No.34 巨人と遺跡

 

背の高い森の奥深く。

遥か昔に生きていたのだろうと思われる、大きな巨人を見つけた。

 

巨人は小さな遺跡に手を伸ばしていた。

かなり古い遺跡なのだろう。建物だったものは崩れていて、ほとんど原型をとどめていなかった。

巨人と遺跡は全く同じ石質で、全く同じ色をしていた。

ふたりは同じ時代に生きていたのかも知れない。

 

懐かしいのか、嬉しいのか、悲しいのか。

巨人は表情のない顔で、遺跡を見つめ続けていた。



No.35 池の金魚すくい

 

「光る金魚すくいだ。一回やっていかないか?」
そう声をかけてきたのは、青い肌の魚男だった。
男の目の前には光り輝く水たまりがあり、その中に金魚たちが沢山泳いでいた。

「ここの金魚たちは、人と一緒にいるのが大好きみたいでな。俺がその橋渡しをしているんだ」
魚男は金魚すくいで使うポイをこちらに渡してきた。

「ああ金はいらんよ。俺は商売がしたいだけなんだ」
「お金をもらわないのに商売になるの?」
「なるさ。商売ってのは金だけじゃねえんだよ。自分と相手が幸せになればそれで成立なんだよ」

「きみがこの商売で得る利って何?」


男は目を細めて笑った。
「こんな俺でも、何かの役にたっていることさ」


ぼくはそれ以上男に何も聞かなった。
だが、さすがに金魚をつれて旅するのはきついと、金魚すくいは断った。



No.36 ドーナツを半分

 

月見草が大きく咲いた満月の夜、ぼくは高いところに座って月を眺めていた。
いつもと同じように、ぼくの隣にはアヒルが座っていて、昼間買ったドーナツをおいしそうに食べている。
アヒルはこの世界にも大きな月にも興味がなさそうだった。

ぼくは思い切ってアヒルにたずねてみた。

「きみはなんでここにいるの?」

アヒルは何も答えない。

「どうしてぼくについてきてくれているんだ?」

最初に出会った時からそうだったが、やっぱり一言もしゃべる様子さえ見えない。

だけどアヒルはしばらくぼくをじっと見つめたあと、食べていたドーナツを半分に割ってぼくに渡してきた。


雲一つない夜空の下で食べるドーナツは、驚くほどおいしかった。



No.37 四億年前の花

 

深い海溝の底で、シーラカンスと出会った。
相当長い間ここにいるのだろうか。
鱗は傷だらけで色々な藻が付着し、もう元の色を失っていた。
もしかしたら四億年前からここにいるのかも知れない。
たったひとりで、静かに泳ぎ続けているのかも知れない。
虹色の鱗が剥がれ落ち、花びらのように海底を舞った。
彼は暗い海に住む、大きな花だった。

 



No.38 詩人の家

 

海から上がり、海岸に沿って歩いていると、白い家が見えた。

家には人の気配がなかったが、ここに住んでいただろう人物の痕跡が見つかった。

 

古いタイプライター、本棚を埋め尽くすたくさんの古い本たち。

机の上にある紙には、全て自作らしき詩が書かれていた。

ここの家主は詩人だったのだろう。

タイプライターには、この椅子に座っていた人物の書きかけの言葉があった。

 

開いた窓から風が入り、詩人の言葉が部屋を飛び交った。

花瓶に刺さっているラッパスイセンが、もしかしたらまだこの人物がいるのではないかと思うくらい、生き生きとしていた。



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No.39 雨漏りする森を抜けて

 

地面から天井まで草木で覆われた森を通った。

日の光すらうっすらとしか入らない森だが、葉っぱの隙間をついて雨が降っていた。

 

外は雨が降っているんだろう。傘は前の前の街へ置いてきてしまった。

 

だけど、まぁいい。

ぼくたちは雨粒を蹴飛ばしながら、出口までの道のりを楽しんだ。

 




No.40 星を飾る夜

 

雨漏りする森の出口で異変があった。
そこら中がきらきらと光っている。よく見ると、星の飾りが木の枝という枝に飾られていた。
森全体にイルミネーションが点灯していて、まるで雪の無いクリスマスのようだった。

ひと際小さな木の下に、子供のきつねが座っていた。

 

「ねぇ、ほしを探しているんでしょ?」

 

子ぎつねはぼくをまっすぐ見つめながら、話しかけ来た。

 

「ほしならここにあるよ」

 

子ぎつねは星を咥えて見せてきた。

 

「このほしじゃダメなの?」

首を傾げながら不思議そうにしている彼に、ぼくは何も言えなかった。
違う、そうじゃないんだ。
この森を飾っている星は綺麗だけど、ぼくが求めているのはそれじゃない。
ぼくが視線を泳がせていると、子ぎつねは悟ったようにうつむいた。

 

「みんなみんな、足が痛くなったり胸がくるしくなる旅を続けているの。
そんなつらいことやめてほしくって、森いっぱいにほしを飾ったのに、みんな行っちゃう。」

 

子ぎつねの目に涙が溜まっていた。

 

「きみの気持ちは嬉しかったよ。でもね、違うんだ。そうじゃないんだ。ごめんね」

 

子ぎつねから星の飾りを受け取り、ぼくは近くの木に飾った。

 

「いいよ。みんなそうやって、ほしを飾って行ってくれるから、ちょっとはさみしくない。ちょっとはね。気を付けてね」


どうやらぼくの他にも、同じように星を飾った人たちがたくさんいたようだ。

この森輝きは、過去に通った人たちの星そのものなのだろう。


森を抜ける頃にはすっかり夜が明けていた。