星のない世界 紳士とアヒル


ヒカリキノコバエの洞窟

No.21 きみが輝ける場所

遠い昔、きみに会ったことがあった。

きみは米粒より小さな虫だった。
きみは身体を光らせることが出来るけど、太陽の下では君の光は弱弱しくて、いつも見つけるのに苦労していた。
世界の隅っこで、君は一人でぽつんと暮らしていた。

きみを見かけなくなってしばらくたった。

何気無く入った洞窟の奥の奥で、夜空の星のように輝くきみを見つけた。
真っ暗で光が一切届かず、人も来ない、水だけが静かに流れている場所。
きみはどこかで出会った仲間たちと、星空のようなプラネタリウムを作っていた。

きみは、仲間と自分が輝ける場所を手に入れていた。
ぼくが求めて止まない星空を、仲間と一緒に作り上げていた。

 

感嘆の声さえ出ないような美しい光の群れを眺め、ぼくは寂しくて、泣きたくなった。

 

 



白い雲の上で

No.22 白い雲の上で

ひとりで雲の上に登った。
視界の果てまで続く白い雲と、青い青い空。
そこに、太陽がぽつんと浮いていた。
まるでこの世界は僕ひとりしかいないように思えた。

 

僕はわりと豊かな家に生まれた。
両親と兄弟と、お手伝いさんが二人の大きな家だった。
だけど四人兄弟の三番目というのは、なにかと放置されがちで。
両親は兄や姉、弟ばかりに気を回し、僕と「会話」したのは数えるほどだった気がする。
いつもひとりで遊んでいた。
家でも外でも、ずっとひとりだった。

だからなのか、僕は人間より物や植物と共感していた。
彼らの持つ優しさや寂しさが、手に取るように分かった。
でも、家族の気持ちはさっぱりわからなかった。

寂しいと思ったことはなかった。
だけど、僕は寂しかったのかも知れない。
誰かにわかってほしかった。誰かに側にいてほしかった。
自分から心を開く勇気もなかった

僕がここに来た理由が、少しだけわかったかも知れない。

 



家

No.23 ぼくの家

 

見たことのある家を見つけた。
白い壁に赤い屋根の、ぼくが生まれた時から住んでいた家だった。
立ち入り禁止の鎖が付けられた門の向こうに、昔と変わらない姿で僕を呼んでいた。

もう二度と戻れないあの家は、
良い思い出も悪い思い出も、全部詰まっていた。

門を閉ざしているのは、小さな鎖がひとつなぎだけ。
り越えてしまおうかと、僕は足を鎖に掛けた。

けど、いつも僕の隣を歩いているアヒルが、その場から動かず黙ってぼくを見つめていた。

 

ぼくは少しだけ考え、鎖から足を離しその場を離れた。



風が見えた

No.24 森を走る風

 

「風を見たんだ」と言ったら、誰が信じてくれるだろうか。

 

草がなびく音すらしない暗い森だった。
突然、どこからともなく静かな風がぼくを横切った。

振り向くと、何かが楽しそうに森を走っていた。


それは透明な花びらを散らし、光のたてがみをなびかせて駆ける、馬の骨だった。
骨には刺青のように花の彫刻がしてあり、まるで動く陶器のようだった。

 

大きな馬なのに、彼の鼻息も、足音さえひとつも聞こえない。
ただただ、森の中を風が波打っていた。


風が駆け抜けていったんだ。

 

あれは幻だったのだろうか。
辺りに落ちていたはずの花びらは、一枚たりとも見当たらなかった。



No.25 大地の記憶・冬と春

 

ひび割れた地面と枯れた木。
あの四季すらなくなった土地に、もう一度訪れてみた。

相変わらずあたりはすっかり乾燥していて、冷たい風が吹き荒れるばかりだったけど、地面には大きな桜と、少しの雪が映し出されていた。
きっと今は、冬から春に変わる季節なのだろう。

 

まだこの地が自然豊かだった頃を、大地だけはいつまでも覚えていて、
触ることが出来ない四季を、懐かしむように映し続けている。

 



No.26 海上の橋を渡って

 

枯れた大地を南に進むと、大きな海に出た。

あたりに港のようなものはなく、代わりに水平線へと伸びる一本の橋がかかっていた。

ぼくはその橋を渡り、次の場所へと進むことにした。


だが、大きな海原は歩いても歩いても目に映るのは海面ばかりで、次の地が全く見えなかった。
やがてぼくは疲れて立ち止まりたくなってしまった。


だけどふと横を向くと、小さな太陽が海面へと輝きながら沈んでいくのが見えた。
海の上でしか見られない鮮やかな夕日だった。


長く平坦な道のりも、悪いことばかりではないな。
ぼくは再び、次へ向けて歩き始めた。

 

 

 

 



No.27 光るたんぽぽの綿毛

 
橋を渡った先にあったのは、光るたんぽぽの生息地だった。

あたりは黄金色に輝くたんぽぽで埋め尽くされ、あちこちに光を撒きながら、まるでホタルのように綿毛が飛んでいた。

 

このたんぽぽは、人の”夢”で綿毛になるらしい。
誰かがたんぽぽに自分の夢を話すと、綿毛になって飛んでいく。

それはおそらく捨てられない夢、叶えられなかった夢。

叶わないけど諦められないものを、人はこのたんぽぽに託すんだ。

 

ふと下を見ると、ぼくの目の前にあったたんぽぽが綿毛へと変化した。

 

ぼくにも何か捨てられない夢があっただろうか? 

ぼくはたんぽぽを見つめてじっと考えた。

思い当たることがない。と言うより、ぼくはまともに夢を持ったことがあっただろうか?

大人になってから、いや、思春期を過ぎた頃から、未来へ夢すら見ることをしなくなった気がする。

叶えたい!と思う前に、それを手にすることすらしていなかった。

 

でも、もしかしたら、ぼくが無意識に見ないふりをしていただけで、本当は叶えたかった希望がいくつもあったのかも知れない。

 

ぼくは少し、自分をないがしろにして生きていたのだろうか。

風に吹かれて、いくつもの想いが世界中に散っていく。

ぼくの知らないぼくの夢も、どこかに向かって旅立っていった。

 

綿毛が空に見えなくなると、ぼくの心は少し晴れやかになっていた。

たんぽぽが、ぼくが自覚できない心のわだかまりをすくい取り、解放してくれたのだろう。

 

ここは、世界一美しく優しいたんぽぽたちの住み家だった。


 

しばらく綿毛が風に揺れるのを眺めた後、ぼくは立ち上がった。

そして数多の人の夢を託された綿毛を、手を振って見送ったんだ。

どうか、この想いたちが空高い所まで飛んでいきますように。



NO.28 夕焼け蝶々

 

ちょうど夕暮れ時だった。

日中ずっと歩き通しだったので、ぼくは大きな湖畔で少し休憩することにした。

アヒルは本を読みながらすぐ寝てしまったので(せっかく星のランプを飾ったのに)、ぼくはひとり夕焼けを眺めることになった。

ブルーアワーで青く染まる世界に、赤い夕陽が異様なほど映えていた。

 

日が沈む直前だったろうか。

夕日に呼ばれるように、夕焼け蝶々が姿を現した。

彼らは日の入り時刻にしか見られない時間蝶の一種だ。オレンジと黄色の翅が夕日に見えることから、この名前で呼ばれている。

 

蝶々たちは、青い空に夕焼けをばら撒きながら、どこかへ去って行った。



No.29 井の中の蛙

 

古い家屋の横に、枯れた井戸があった。

井戸の底を覗いてみると、鈍くオレンジ色に光っているのが見えた。

何かある。もしかしたら、誰かいる。

井戸に垂れ下がっているツタを頼りに降りてみると、そこにはひとりのカエルが机に向かって手紙を書いていた。

 

「ずいぶんと前にここに落っこちてしまいまして。私の背丈じゃそのツタを登ることも出来ず、以来ここで暮らしているんです」

カエルは手紙を書く手を止めず、ぼくに事情を話し始めた。

「でもね、やっぱり無性に寂しくって。誰かに自分の話を聞いてほしくてね。こうして手紙を書いているんです。『誰か』に向けると、お喋りしているみたいで筆が進むんですよ。」

地面にはカエルが書いたであろう無数の手紙が、古い本や新聞と共に散乱していた。

 

「一緒に外に出ようか」とぼくは提案した。

カエルひとりくらいなら抱えてここを登れる。

だがカエルはピタっと手を止め、晴れない表情でゆっくりとこちらを向いた。

「・・・もう長いことここにいましてね、すっかり足が使い物にならなくなってしまいました。今の私には、この狭い世界を這いつくばるので精一杯なんです。外の世界なんて、とてもとても」

 

 

「この手紙を、ポストに入れてくれませんか」

帰り際、カエルがぼくに宛名の無い手紙を渡してきた。

 

「この手紙は、この世界で私より私そのものでいてくれるでしょう」

 

しっかりと封がされているその手紙を、ぼくが開けることはなかった。

近くの街にあるポストに、ただただ投函することしか出来なかった。

 



No.30 思い出を乗せた船

 

日の光がよく差し込む明るい森で、座礁した船を見つけた。
崩れた船には当然人影はなく、代わりにあったのは一貫性のない物の山だった。
ぬいぐるみ、本、時計、宝石や家具、それに大量の写真。
どれもこれも薄汚れており、壊れているものも大量にあった。

その中にぼくが小さかった頃の写真があった。
幼すぎていつ撮ったのかもわからないものだが、それは確かにぼくと両親と兄弟たちの写真だった。
セピア色の写真は日焼けのシミと、ところどころの擦れて少し見にくかった。

写真を手に取ってようやく気が付いた。
この大量の古い物たちは、きっと誰かの思い出の物なのだろう。

他人にとっては無価値の古い物でも、当人たちにとって宝だった物。
大切に大切にされていたけど、大切にしてくれた人がいなくなり、ひとりぼっちになった宝物。
行き場を失った「思い出の物」たちを、この船は乗せてどこかへ行こうとしたのかも知れない。


この写真はぼくの「思い出の物」ではない。
ぼく以外の家族の物なのだろう。
母か兄か、弟かも知れない。誰かはさっぱりわからない。

ぼくは写真をもとも場所に置き、その場から離れた。
記憶にすらない写真だけど、寂しさとなつかしさと、よくわからない複雑な感情が絡み合い、見るたびに胸が締め付けられてしまうから。