紳士とアヒル


No.6

ガレキと廃墟の溜まり場を抜けると、地平線の先まで何もないような、だだっ広い草原に出た。
草原には獣道すらなく、右も左も同じような若草色の短い草がのびのびとしているだけだった。

 

どちらの方角に行けばなにかあるのかさっぱりわからず、誰かに聞こうにも誰もいない。
でもガレキと廃墟の溜まり場に戻ろうとも思えず、ぼくは適当な方角へ足を進めた。

 

こんな適当すぎる苦難しか思いつかない道のりを行くなんて、普通文句のひとつでも言いたくなるだろうに、白いアヒルは何も言ってこなかった。
ただ黙ってぼくのあとをついてくるだけだった。
良い子なのか、何も考えていないだけなのか。

 

 


太陽が頭の真上に来た頃だったろうか。
歩き始めたのが日の出直後だったから、もう半日近く歩いている。
景色は全く変わらず緑一色。
道もないので、もしかしたら知らずに方向転換し、同じところをぐるぐる回っているんじゃないかと自分を疑いはじめてきた。
そんな時、ぼくは地平線の先に黒くて大きな何かを見つけた。


あれは一体なんだろう。久々の変化にぼくは心躍らせ、ちょっと急ぎ足で黒い何かを目指した。
(アヒルも一緒になって急ぎ足をしていた)

 

近づくと黒い何かの正体がわかった。
それは大きな大きな黒クジラだった。
小さな飛行機くらいありそうなほど大きく、近すぎるとただ黒いだけで何が何だかわからなくなるほどだった。


先端の方に、ぼくはクジラの顔を見つけた。
クジラはとても傷だらけだった。顔も体も、切り傷から擦り傷、何かにかみつかれた跡まで無数についていた。
どの傷も古いもので、それだけでもこのクジラがとても年寄りだということがわかった。
クジラの目は閉じられており、ビル風のような息遣いがぶおーっと聞こえてきていた。

 

『やぁ』


クジラは低い低い声で挨拶してきた。クジラの目元はしわだらけだった。今にも目を閉じてしまいそうなほど重たいまぶたをしており、その目に光は無かった。
ぼくは挨拶もそこそこ、一番気になることを開口一番クジラにぶつけてしまった。


「ここは海じゃないよ」
クジラはふっと噴出した。辺りに突風が吹き、アヒルがちょっとよろめいた。

『知ってるよ』
当たり前のことを聞かれたから、当たり前のことのようにクジラは答えた。でもぼくは納得いかなかった。
「じゃあなんでこんなことろにいるんだい?苦しくないの?干からびないの?」

 

クジラはゆっくりと、黒目だけを前に向けた。

 

『・・・花をね、一度でいいから見て見たかったんだ』

 

クジラの鼻先には、小さな青い花が一輪だけ咲いていた。
見渡す限り若草しかないこの草原に、青い花はとても目立った。

 

 


「そのためにわざわざこんなところへ?」

クジラの体はカサカサに乾ききっており、あたりに水の気配はなかった。
きっと海から長い長い道のりを、這ってやってきたのだろう。

 

『そうだよ。ああ、私のことは気にしないでくれ。もうとっても満足したんだ』

クジラはそういうと、ゆっくりとまぶたを閉じた。

 

よく見るとクジラの体は骨ばっていて、やせ衰えていた。
この体ではもうおそらく、海へ戻ることは出来ないだろう。
だけどクジラはとても穏やかな表情だった。

 

 

この青い花は、まるでクジラのためにだけ咲きにきたように見えた。

ぼくはクジラにかける言葉が見つからず、ただ優しくそよぐ風を受けていた。