紳士とアヒル


No.2

ぼくは赤い花びらを右のポケットにいれ、街の中へと入って行った。


相変わらずすれ違う人?たちは、ぼくが知っている人間の姿をしていなかった。
もしかしてぼくも人間の姿をしていないのだろうか?と不安になり、近くの水たまりに顔を映してみたが、そこにいたのは紛れもないぼくそのものだった。

 

いや、正確にはぼくではなく、「まだ健康だった頃」のぼくだった。顔は色つやよくふっくらしていて、昔愛用していたシルクハットと黒のコートを身に着けていた。
ぼくはほっとした半面、この世界で自分だけが仲間外れのような気分になった。

 

 

崩れた街でも、どうやらみんなここに住んでいて生活しているようだった。
メイン通りの大きな道路を歩いていると雑貨屋らしい店を見つけた。赤い花の言う通り時間経過でだいぶ落ち着いてきたぼくは、興味本位で立ち寄ってみることにした。
店の壊れたドアをよけて中に入ると(店主の顔が蝶のように見えたが、見ないようにした)、そこはいたって普通の雑貨屋だった。

何かの彫刻から文房具、お皿やカップなどの食器、デスクライトや子供用のおもちゃまで。どれもこれもどこかで見たことあるようなものばかりで、ぼくの知っている雑貨屋のラインナップそのものだった。ぼくはほっとしたけど少しがっかりもした。
商品の中には傷だらけのものや塗装がはげかけているものも多かった。


ふと、大きなカゴが目に入った。そこには傘やら杖やらが無造作に突っ込んであった。

 

ぼくはカゴに手を伸ばし、そこから一本の黒い杖を抜き出した。
杖はシンプルで全く飾り気が無く、ぼくのコートや帽子と同じ色をしていた。
「似合うね。ぴったりだ」
蝶の店主がレジで頬杖をつきながら、ぼくに話しかけてきた。
ぼくは杖をもっとよく見た。木の杖だろうか、とっても軽い。杖の長さもぼくの背丈と丁度よく、持ち手もぼくの手の大きさにしっくりと来ていた。

「買っていきなよ。こういう出会いを無下にしちゃいけない」
次に会える保証なんてないんだから、と蝶店主はぶっきらぼうなのに商売上手な言い回しをしてきた。
確かにここで逃したら次に会える確率なんてそう高くは無いだろう。それに手ぶらでいるよりも、杖一本あるだけでどうしてか安心する。
これからの相棒に良いかも知れない。


ぼくは左のポケットに手を突っ込み、かろうじて見つけた銀の硬貨を四枚レジに置いた。
「ごめん、これしかないんだ」
蝶店主は硬貨をちらっと見ただけで、手を触れようともしなかった。
「やっぱ足りないかな。でも他に渡せるものなんてぼくには無いんだ」


「いや、十分さ。お前がこいつを選んで、こいつがお前を選んだだけだ。仲介料としちゃ貰いすぎているかもな」


蝶店主はやっぱり頬杖をついたまま、なんとなく満足しているように見えた。

こうしてぼくの特徴となる黒いシルクハット、黒いコート、そして黒い杖が揃ったんだ。
全身真っ黒で色味なんて無いけど、ぼくはこれがとても気に入っていた。
これから先、この世界で何があるか予想も出来ずストレスだらけだけど、ぼくの旅の第一歩は、快活に進んだ。