紳士とアヒル


最初に書いておくこと

ぼくがこの世界に来てどれくらいたったのだろう。


何せここは朝と夜の区別はあるものの、四季も時代もぐちゃぐちゃな上に、ぼく自身も歳も取らなくなってしまったようで。時間の感覚と言うものが身体からすっかり抜けてしまったんだ。
おまけにこの世界には地上では見たことのないようなものが沢山あって(廃墟が折り重なった山とか、夕日を連れて行ってしまう船とか)、虫も動物も花さえぺらぺらと喋りだし、ぼくの頭は毎日混乱状態。整理整頓なんて追い付かず、そんなもの諦めて思考を放棄する日々。


でもなぜだろう。この奇想天外なものたちに、ぼくは時折、懐かしさを感じてしまう。
頭では到底理解できないのに、「きみはそういう存在なんだね」と心が納得してしまい、まぁそれで良いんだろうなと思っている。
向こうもぼくに対して理解はしていないものの、ぼくの存在は静かに認めてくれているようで、特に追い立てられたり暴力を受けたことはない。

 

不思議で、さみしくて、少し優しい。ぼくのこの世界に対する見立てはこんな所だ。

今日たまたま、小さな手帳を手に入れた。
こげ茶色の革表紙の、金ぴかのボタンがついた真っ白で何も書かれていない手帳。

せっかくだから、ぼくが見たこの世界のことをそのまま書き記しておこうと思う。

 

ぼくはいつ消えてしまうかわからない(ぼくが消えた後、この手帳が残っていてくれるかもわからないが)。

それでも、この手帳を拾った人に、ぼくの目を通したこの世界のことを、少しでも知ってもらえたらなと願いを込めて。



←紳士とアヒル  No.1→