ゾウとスズメ②


ぼくは一晩中飛び続け、ようやく海の向こうの街へたどり着いた。
街は活気があり、色んな人が歩いていた。学校や会社も沢山あった。
これこそぼくが望んだ場所。ぼくの夢と希望が詰まった場所。
ぼくは時間が惜しいとばかりに、さっそく手近な学校へと飛び込んだ。

ぼくはゾウを置いてきた罪悪感を拭う意味も込めて、がむしゃらに勉強した。
朝も夜も休みの日もずっと勉強していた。
だけどどうしてか、ぼくはいつも成績が悪かった。
勉強しても勉強しても、クラスでビリから数えた方が早かった。
どんなに頑張っても結果が出ず、ぼくは次第に疲れていった。
勉強よりも海の向こうをぼーっと眺める時間が増えた。

 

 


またテストで赤点を取った。これで何度目、何十度目だろうか。
もうずいぶんと長く勉強しているのに、ぼくに身に着いたのはけしごむの上手なかけ方だけだった。
こんなんじゃ立派になれない。いつまでも大人になれない。
大人になると意気込んでゾウと別れてきたのに、こんな情けないぼくじゃ申し訳が無い。
ぼくは悔しくて、下を向くと涙があふれてきた。
するとそれを見たサギの先生が話しかけてきた。
「お勉強が出来なくて、悲しいのですか」

ぼくは震えながら声を絞り出した。
「自分が情けないです。ぼくは勉強するために大事な友達をひとりぼっちにしてきました。なのに、なのに。ぼくは何も成果を出せていない。」
「そんなに頑張ってお勉強をして、きみはどうしたいんですか?」
「沢山勉強して、沢山働いて、早く大人になりたいから。大人にならなくちゃいけないから」

サギの先生は少し考えて、ぼくの頭に羽を乗せてきた。
「大人って何だと思いますか?」
予想外の質問にぼくはあっけにとられ、二度瞬きをしてから答えた。
「勉強をしっかり終えて、毎日働いて、毎日頑張っているひとが大人だと思う」
ぼくは正直に答えた。
サギの先生は立ち上がりほほ笑んだ。
「私はね、大人とは一番大切なものをちゃんと大切に出来るひとのことだと思っていますよ」


「誰か他人でも、モノでも、信念でも、自分自身でも。大切なものはみんなそれぞれ違います。そしてその自分にとって一番大切なものを大切にするためには、色々諦めなくちゃいけないことも出来て来る。辛いことも沢山ある。でも何があっても、一番大切なものを見失わず、しっかり守り抜けられるひとこそ『大人』だと思っていますよ。お勉強が出来なくても、身体が小さくても、沢山働けなくても、何も関係ありません」
サギの先生は、手に持っていた教科書を閉じた。
「きみにとって一番大切なものって、何でしょうかね」

 

 

ぼくは海の向こうを眺めながら、サギの先生が言ったことを思い返した。
ゾウからもらった赤い花は、花瓶に入れてずっと大事にしていた。
しばらくして枯れてしまったけど、ぼくの宝物だった。
ぼくはそれ以上の宝物にまだ出会っていない。

 

ぼくは青い花を摘んで海へと飛び出した。
教科書たちは置いていった。

 

また一晩中飛び続け、ぼくは昔の場所に帰ってきた。
久々に会ったゾウは、皮膚はひび割れていたし、おまけになんだか痩せて骨ばっているように見えた。
ぼくはゾウに「ぼくは落第生だった。ちっとも勉強が出来ない奴だった。せっかく見送ってくれたのにごめんね」と伝えた。
ゾウはそんなことどうでもいいかのようにニコニコしていた。
綺麗に整っていた草原は荒れ放題になっていて、それは時間の経過と、ゾウ以外誰もここにいないことを物語っていた。


ぼくはどっと疲れてしまい、ゾウの目の前で倒れこんだ。
ゾウはぼくを頭の上に乗せると、海が見えない方へと歩いて行った。
きっとぼくはもう、街へ行くことも海を見ることも無いと思う。

それでも、花瓶に刺した青と赤の花を見ると、ぼくは世界一幸せになれた。
身体は子供だし勉強もできないけど、ぼくにはこれが一番だった。

おわり