紳士とアヒル


No.4

青の中へ潜りこみ、ガレキや草木をかきわけ、地平線すら見えない草原をまっすぐまっすぐ、ぼくはひたすら歩いた。
人の口がついているひまわり、光る金魚にそれを売る魚男、雨粒を集めるクモ。
道中出会うのは奇妙なものたちばかりだったが、ぼくはもう驚かなくなっていた。

 

そして夜になると、どこにいてもあの大きな月が現れた。
月は満ち欠けするようで(太陽より大きいのになぜ欠けるのかわからないが)、相変わらず真っ青な顔をしながら、クロワッサンの形になったり、新月の時はその姿をくらました。
だが月が全く見えない夜も、星はひとつも見当たらなかった。

 

ぼくはこの世界に星がない理由のひとつとして、「月が大きすぎて星の光が見えない」と考えていた。
だがそれだと新月の日にも星が見えないのはどうもおかしい。


ぼくはイヤな予感がした。予感はしたけど、そのことを考えないように足を動かした。

海岸沿いを歩いていた時だった。
海沿いの崖から少し離れたところに白い塔を見つけた。
灯台とは違う、誰かの家のようだった。
だが塔は壁が崩れていて、とても人が住めるようには見えなかった。


それでも何か星に関する手がかりがあるかもと、ぼくはその塔へと向かった。
なぜなら、崩れた壁の中から小さな望遠鏡のようなものが見えたからだった。

 

 

鉄のように重たい扉を開けた。扉は錆びているらしく、ギィッと嫌な音を立てた。
塔の中はまだ昼間だというのに薄暗く、足元もよく見えないくらいだった。
床には崩れ落ちた建材物に土とホコリ、隙間隙間からは短い草が生えていた。
もう長いこと使われていない建物なのだろう。


ぼくは足元に気を付けながら部屋中を見回った。
一階には黒くなっているパンらしきものや、どろどろになった飲み物くらいしかなく、ぼくは一番奥にあった階段を登った。

 

二階へと続いていると思われた階段は、二階の高さをすっ飛ばしてどんどん上へと続いていた。

螺旋階段を回るように登っていくと、塔の一番高いところまだたどり着いた。


そして階段の終わりの先にあったものは、かわいそうなほどみすぼらしいドアだった。
ドアには月と星の模様が彫られている。
ぼくはドアが壊れないようにそっと押した。入り口の扉より何倍も重たく感じた。

 

部屋の中はぼくの予想と少し違っていた。
てっきりどこかの研究室のごとく無機質で質素な部屋だと思ったのだが、そこは絵本をそのまま写したようなファンタジーな子供部屋に見えた。
赤い絨毯、天井から吊り下げられている星の形をしているランプ。壁は紺色に塗られていて、大きな月と星の絵が描かれている。
星の並びは地上で見た星座の並びと少し似ていた。

 

 

 

壊れた本棚にあるのは天体関係の本ばかり。どれもこれも厚いホコリをかぶっている。部屋の隅にある天球儀も、部屋の真ん中にある望遠鏡も、最近使われた気配はなかった。
それは、この部屋の主がだいぶ昔にどこかへ行ってしまったことを意味していた。

 

クモの巣がはっている机の上には、何かが書かれた大量の紙があった。
なかには書きかけのものもあり、側にあったフタの取れたインク壺はすっかり乾いていた。

 

(何か手がかりはないだろうか・・・)
この部屋にいた人が、星や月について何かしら研究していたことは確かだった。ぼくは星に関する何か手がかかりがないか、部屋中をひっくりかえすように調べた。
すると、机の引き出しの中に薄い青色の封筒を見つけた。
しっかりと封がしてあるそれには、『きみへ』とだけ宛名が書かれていた。

 

 

ぼくは封を破いた。中からは二枚の便箋が出てきて、ぼくは迷いもなくそれを読んだ。

 

 

 

きみへ


きみがわざわざこの部屋に来てこれを読んでいるということは、きみも星を求めているものなんだろうね。
なんでわかるかって?私ももれなくそうだからだよ。
いや、私だけじゃないんだ。この世界にいるものたちはみんな同類だ。みんなみんな、星を求めて止まないんだ。
地上で見たあの輝きがどうしてももう一度見たくて、毎日胸を焦がしている。

私はどうにかして星が見られないものかと、ずっとここで研究していた。
どれくらいの月日が経ったかはわからない。ここには四季なんてものがないし、日付を数えるのを忘れていたからね。
わかっているのはずっとずっと、もう本当に長い間ということだけ。最初は頑丈だったこの家の壁が、崩れてしまうくらい。

 

だがそんなに長い間かけてわかったことと言えば、『この世界に星なんてない』ということだけだった。

そんなのここに来て数日くらいで誰もが気が付くことなのに、私はどうしても認めたくなくて、こんなにたくさん遠回りをしてしまった。


私は自分がとても情けない。自分の不甲斐なさと、心の弱さにひどく絶望してしまった。

もう私に残された時間は、さほど多くないだろう。


いつまで文章が書けるかもわからないので、今日ここに書き置いておく。

ごめん、本当にごめん。きみの役に少しも立てなくてごめんよ。
せめてこれを読んでいるきみが、私と同じような遠回りをして、立ち直れないほどの絶望に落とされることがないよう、忠告しておく。
諦めるんだ。この世界に星なんてない。

 

この部屋には私が集めた星に関する本がそろっている。きみが地上で見たことがある本も、もしかしたらあるかも知れない。よかったら持って行ってくれ。少しは慰みになるだろう。

きみが残された時間を、少しでも幸せに使えるよう祈っている。


星にとりつかれたものより

 

追伸・この付近に真っ黒なバケモノがうろついていると思う。だがそっとしておいてやってくれ、害はない。彼もまた、星を求めているだけだから。

 

 

 

手紙の最後の方は、インクがにじんで読みにくくなっていた。
ぼくはしばらく手紙を持ったまま、そこに立ちすくしていた。
新月の時から感じていた、イヤな予感は見事に当たっていた。

 

 

 

やがて崩れた壁から見えていた夕日はすっかりいなくなり、いつもの大きな月が現れた。
天井から吊り下げられた星のランプが、とてもきれいに輝いていた。